記事一覧

Logicool 無線キーボード「K270」の行方は如何に!?

遂に品切れ続出!?
Logicool K270 無線キーボード(Unifying対応)が、格安店から順次品切れが続いているというとんでもない状況。いや、確かに便利だし安いから当然と言えば当然なんだけど…。
ファイル 367-1.png

同じく、Unifying対応の、M325やM510といった無線マウスも売れ行きがかなりよろしいようで、とゆうかエレコムやiBAFFALOがどう頑張っても、電池寿命や接続できる台数では有利にならないから、如何に安売りしたとしても、微々たる差でLogicoolよりも安い程度だし、ラインナップの多さはさすがに他社では追従できないらしく(但し、色のバリエーションにこだわるのであれば、Logicoolは選択しづらい商品も多い)、あっても「レーザーより感度の良いBLUE LEDを採用」というのがせいぜい。実際に、使える面と使えない面で比較したら、レーザーのほうが僅かに少ない(あまりに、起伏やコントラクションに富んだ場所だと、低価格側のレーザーだとキツいのは実際に使っていればよく判る)が、値段で勝負かけちゃったら、さすがに高価格側のレーザー(特殊用途の顕微鏡と同じ技術だから高いのは当たり前…というか、本来の用途であれば、とても絶賛販売中の商品の実質価格で買えるような機構ではない)で勝負をかけたら、Microsoftの(何故か知らないが)人気機種と思いきり肩を並べている状況…。

但し、マウスでない環境に慣れてしまうと、マウスの使いづらさがよく判るし、自ずからそれぞれの商品の欠点が見えてくる。タッチパネルやトラックボールのジェスチャーを覚えてしまったら、マウスで同じ事をした時点で腱鞘炎になります(故に、あたしの手の機能疾患の原因が、最初は「腱鞘炎」とされてしまったケド、激しく痛い注射を受けても効果がないことで違う理由と判明…)。

それはともかく、K270の入手が難しくなると、操作性に慣れてしまった人々が困るのは確か。止む無く、ちょっと高くても家電量販店で…と店頭価格を見たら、異常な価格上昇が続いているのでどうにもならない(それでも、他店との強引な競争合戦で、各店舗で品薄状態…)。正直、キーボードにはそこまで多くの機能は必要ないし、キーボードに普通に慣れてしまった人なら、余計なボタンよりも「2キー・コンソール=別名:ショートカット(例えば「ctrl+Z」など)」を、いつのまにか覚えてしまってたほうが、テキスト派にもフォトショッパーな人(特に「ctrl+L」「ctrl+M」はいい例)にも使い勝手が良い、てことはキータッチが良くて、大きさや厚さも丁度良くて、かつ無線で共存可能だったら文句なし。

さて、いつになれば「まともなインターフェイス市場」に戻るのやら…。

ファイル 367-2.png

【おさらい】LogicoolのUnifyingが、何故1つの小さなレシーバーで、最大6つもデバイスを接続させられるのか?

<答え> 大抵のマウスヤキーボードなどの入力デバイスは、USB1.1の規格(1.5Mbps)で収まるから、レシーバーがUSB2.0までの受容規格(12Mbps)とすれば、1.5×(6+1+1)=12Mbpsと、恐ろしいほど計算値に合致する(「1+1」は「レシーバー本体」+「USBハブ1つ」として考える)。実際は6つの入力デバイスが同時に動くケースは考えづらいので、余裕すらも感じる。

これは、数学が死ぬほど苦手なあたしでも、激しく納得。

福祉系の「国家資格」が名称独占だから、と思うのは間違いだ。

では、前回の問題からの「宿題」です。

前回>http://sanana.jp/cgi-bin/diarypro/archives/361.html

医療職は「業務独占資格」で、福祉職は「名称独占資格」と書きました。そして、同じ「国家資格」だとしても、福祉職は誰でも出来るとも書きました。何ら、矛盾のない事実ですし、そのことが元となって、福祉職が地位向上を目指しているのは、少しでも福祉に興味がある人なら、気づくと思います。

さて、向上させなければ下等とされてしまうのが「福祉職」なのか?と言えば、それは大きな間違いです。働いている本人はともかくとして、医療を受ける側も、福祉を受ける側も、視点としてはその職に携わっていれば「専門家」とされるのです。

つまり、「専門性」があるからこそ成立するが故に「国家資格」でなければならないのです。逆に言えば、「専門性」に欠けていては、医療職であれ福祉職であれ、まともな業務は出来ません。また、いずれも「臨床」に向いていなければ「研究職」という地位にも成り得ます。臨床に向いていなければ、「ヤブ」や「ヘボ」のレッテルが貼られるかといえば、それも違います。誰かが研究を行わければ、臨床は発展することはありません。しかし、どの道を辿ったとしても、「専門性」がなければその職においての居場所はありません。

ちなみにあたしの専門は「感染衛生」と「心理交流」です。全てを包括した技術としては、他の同職種には劣るかも知れません。しかし、この2つは自分で「専門」と語るだけの蓄えもありますし、臨床・研究のいずれでも発揮出来ます。…もっとも、医療・福祉以外にも工業系で「専門性」を語るものも存在しますが、ここで語っても何ら意味がないので、その辺りには触れませんが…。しかし、「感染衛生」と「心理交流」は、ちょっとばかり「あたしの福祉分野」では畑が違うような気がしますが、いずれも必要な要素であることには変わりありませんし、「特化し得る専門性」が故に、同じ資格を所持した人間と比べても、単に同類や同等とは括れないでしょう。

さて、もし専門性がないとしたら、医療・福祉はどうなるのでしょうか?もし、医療行為を例に挙げれば、医師、もしくは医師に指示された看護師以外は、他者に注射をすることは出来ません。但し、あくまでも「他者」に対してであって、「自身」に対しての注射は(中身が違法とされるものでなければ)可能です。手術にしても、「他者」に対して出来るが故に業務独占であって、自身の化膿した箇所を切開して処置しても、その後に消毒を行なって、患部保護を行なっても構いません。

もし、福祉に専門性が求められないのであれば、福祉を必要とする人に対して、可能な限りの最適な生活を提供することは出来ません。これが「専門」たる由縁であり、最大の根拠です。医療・福祉いずれにおいても、技術や観察眼が異なれば、一人ひとり提供するものが異なり、自分の生活の現状において適しているのであれば、活用するべきであり、適していないどころか改善にすらならないのであれば、同業他者に依頼しても構わないのです。その為に(一時的に負担は多くなるにせよ)セカンドオピニオンを求めても構わないのです。そして、誰であっても、求めているものにより近い方を選択できる権利があります。

要は「あてにならない」物を相手にして、それでも耐える事自体が、日本国憲法における「最大幸福の追求」に反すると考えても構いません。信頼できないのであれば、その者との関係を絶ち切っても構いません。そして、専門性というものは「如何に多くの信頼を得るか?」という解釈にすることも可能です。信頼を提供出来ないのであれば、淘汰されるのが当たり前であり、淘汰される側も自身の生活の拠り所であるのは当然なので、専門性を常に磨かなければ「誰が行なっても同じ」どころか「自分の生業にすらならない」のです。

つまり、単に国家資格の位置づけを以って、上位・下位は決められません。但し、もし「学校教育法」を理解出来る御仁であれば、暗黙の了解の上で上位・下位と出来るかもしれません。この辺りは、非常に難しい分類方法なので、次回に持ち越します(今回の論述だけでもお腹いっぱいでしょうから)。

痛みは「種類」によって分けるべき

痛みと単純に言っても、とても多くの種類に分けられます。

いわゆる「鎮痛剤」として使われたのは、そもそもリウマチのような慢性的かつ重篤な物に対して使われたのが主であり、当初はそう気軽に使えるものではなかったのです。

それはどうしてか? 理由は大体2つに分けられます。

(1)副作用が強い
(2)痛みは和らいでも治った訳ではない

概ね、この辺りが万国共通な理由です(一部には「幸せをもたらすもの」と解釈され、耐えることのみという思想や宗教もあるが…)。いずれにしても、一般に「鎮痛剤」とされれば、治療ではなく対症療法を示します。つまり、痛みの原因そのものは、何も改善していないのが殆どです。

逆に考えれば、痛みを和らげてしまうことで、本来の症状が見失われてしまい、治療が遅れてしまうこともあり得ます。実際、安易に痛みを和らげてしまい、重要な炎症に気づかずに不可逆的な変形(特に、手足の骨)に至ることもしばしば見受けられます。また、内服することで消化器官に病変を生じてしまう(場合によっては穴が開いてしまい(穿孔)、腹膜炎などの重篤な症状を引き起こし、治療可能な時期を逸してしまうと、敗血症などの致命的な状態になる)といった副作用もあるので、安易に使ってはいけないという考え方は決して間違いではなく、前述の「痛みに堪えることで幸せがもたらされる(特に、天然痘が存在した時代では、多く支持された)」とする考えも、十分に正解とするだけの理由があります。

そもそも、痛みと言うもの自体が異常なのではなく、何らかの症状が存在することを示すのが痛みというシグナルなのです。

では、どんなに痛くても耐えなければならないか?と言えば、必ずしもそうとは言えません。痛みに耐えながら生活するということは、生活の質(QOL)を低下させている状態なのは間違いないので、必要最低限な範囲で痛みを抑える必要があります。

ところで、ここまで書いている範囲でも、大量の矛盾が含まれているのは、内容を整理しながら読み解いている方でしたら、十分にお気づきだと思います。

実は、痛みに対する考え方は、今に始まったことではなく、人間が文字という記録するためのツールを持つ以前から、様々な論議がなされてきたもので、何千年(ひょっとしたら、何万年の単位まで遡っても不思議ではないかもしれません)かかっても、1つの答えは出ていません。技術の進んだ現代でも、医師によって全く違う解釈をする場合もある位です。もちろんどの処置も、絶対に間違っている、ということはありません。

「では、何を信じたらいいのか」ということになりますよね?そう疑問を感じるのは当たり前の事です。何故なら、痛みを感じるのはあくまでも「自分自身」であり「自分から見れば間違いなく主観的」なのです。どうしたいのかを選択するのは、痛みを持つその人の自由であり、絶対的に縛られるものではありません

要するに「とりあえず、痛いのだけは何とかしたい」という事も正解であり、「何とか、痛くなる原因を取り払いたい」という事も正解です。もしかしたら「痛みを感じる自分を無くしたい」という極端な解釈もあるでしょうが、それも正解の1つです。

とはいえ、現代では「痛みをとりあえず抑える」ことも可能ですし、「痛みの原因を取り払う」ことも可能です。なので「痛みを理由として自分の存在を否定する」のは、少々性急な考えになるかもしれません。何故なら、他に選択肢が存在するのであれば、どんなにあがいても構わないのですから、何らかの方法を試してみてからでも、結論を出すのは遅くありません。

と、一般的な痛みの解釈はしてみましたが、単に痛みといっても、種類は膨大です。単純にまとめてみても、病的なものに限れば、体の表面の痛み・体の内側の痛み・精神的な痛みというものがあります(もしかしたら、その他の痛みもあるかも知れませんが…)。

まぁ、細かいことはさておき、折角、病的な痛みを3つに分類したのですから、それぞれに施せる可能性を探ってみましょう。

体の表面の痛みであれば、切り取っても再生するものであれば、切り取るのも手段の1つです。もっとも、切り取るときにも痛みを伴うのは確かですが、現代では優秀な麻酔薬が存在するのですから、頼っても構わないでしょう(当然、麻酔薬は鎮痛剤の1つとして考えて構いません)。もし、切り取っても再生しないのであれば、急性期は冷やして、慢性期には温めて、という教科書通りな単純な方法でも十分です。実際に温度を変えなくても、冷たく感じる・温かく感じる物質でも(実際に、温度が変わっていないにも関わらず)効果があります(仮に、プラシーボであっても、改善したと思えば立派な成果です)。更に、服用でも注射でも経皮でも構いませんが、痛みを和らげる医薬品を使えば、一時しのぎとは言え、生活が楽になるでしょう。もちろん、何らかの原因になるものを探すために、医薬品を使ってはいけない事例はしばしば存在しますが、もし原因が見つかれば、取り除いてしまうことで、痛みが引き続くことを食い止めることも難しくはありません。とゆうか、そもそも医療という存在が、常に痛みと並行して進化してきたと解釈出来るので、当然と言えば当然です。

すると、体の内側の痛みも、麻酔の進化した現代では、生存するために支障のない範囲であれば、切れば痛みの原因は取り除けます。当然、切り取ったのですから、麻酔が切れたら痛みが(別の場所、もしくは原因の隣接箇所で)再燃するのは想定済なので、鎮痛剤を使うことで、生活への支障になる痛みは減らせます。仮に、治癒しなくても、痛み続けないのであればそれは安楽というものです。

「安楽」が痛みへの盾となるのであれば、精神的な痛みを取り除くことも鎮痛になります。何となく、形がないものが大半であるが故に、直感するのは難しいですが、向精神薬も精神の痛みを和らげる意味で、立派な鎮痛剤です。気分に対する痛み、と考えてしまうと鎮痛の意味が変わってしまいそうに感じる人が多いでしょうが、そもそも心の痛みは、何らかのきっかけを持って発生した、器質的な変化による病変とされるので、立派な疾患ですし、おおまかな形はともかくとして(そもそも、分子レベル、場合によっては電子レベル(一応、サイズとしてはナノやÅ(オングストローム)という単位はあるが)で、既に人間が目に見える範囲では、到底、形が判らないのは当然ですし、逆に目に見えるような大きな変化ならば、本当に重病です。)、痛みが伴う要素があるのであれば、それを抑えるのはまさしく鎮痛です

ところで、ある程度、医学・薬学・生物学が判る人ならば、あたしの表現がかなりボヤかしたものになっていることはお気づきでしょう。単に「鎮痛剤」と言ってしまったら、どうゆう作用をもたらすどんな物質かが何も説明されていないのです。鎮痛剤といっても、形や作用が様々で、原因(因子)も様々だからなのです。

もし、熱を持った痛みならば「解熱鎮痛剤」としてカテゴリーを作るべきであるし、炎症のある痛みならば「消炎鎮痛剤」神経伝達物質により生じる痛みであれば「精神安定剤」もしくはダイレクトに「向精神薬」というカテゴリーが必要です。しかし、人体というものはそう単純な機構ではないので、「消炎解熱鎮痛剤」とする事もしばしばですし、3つの痛みの原因(因子)の全てに作用する「抗けいれん薬」などとされるものも存在しますし、偏頭痛のようにいずれに当てはめるにも難しいものには「ピリン系」と一般に呼ばれる医薬品も存在します。それこそ、単に原因(因子)に対して作用するのではなく、因子そのものである鎮痛剤は「ステロイド」と呼び、実際に同様(全く同じ物も存在する)の物が、体内で生成されているケースもあります。それどころか、本来は異常ではないのに間違って判断されてしまい、病原としてはあり得ないのに大量発生して炎症による痛みとしてしまう「サイトカイン」なるものもあり(代表的な疾患は、花粉症、喘息、アトピーなどのアレルギー性疾患)、その場合でも、本来の鎮痛剤と逆の作用として働く場合でも痛みと解釈する場合もあり、もはや何を持って痛みとするべきかが判らなくなります。

まさに「医療の歴史は痛みの歴史」としてもいい位で、実際に痛みの種類によって使う薬も違い、痛みの程度・範囲・場所・原因も様々で、如何にして症状を抑えるかは、医療の発展、即ち医師の手腕にかかっていますもし「同様」とされても、実際には全てが「相同」となる方が珍しく、一人ひとりが「違う痛み」を抱えているとしてもいいでしょう。

だからといって、痛みは放置するしかない物ではありませんし、放置すれば何とかなるものでもありません。少しでも苦痛を和らげるには、適切なプロセスを経て、痛みを「種類」によって分けるべき、というのが鎮痛の基本であり、最も鎮痛に求められていることなのです。

もし興味のある方でしたら、この辺りから読み始めて、派生してるものを辿るのもいいかもしれません(Wikipedia「鎮痛剤」。但し、Wikipediaは医療的助言をするものではないことにご注意下さい)。

http://ja.wikipedia.org/wiki/%E9%8E%AE%E7%97%9B%E5%89%A4

キヤノンのプリンターの特性を、尽く調べまくる、の巻

先ずは、CP比が尋常でないほど無闇に安価で出したプリンターから説明していきます。それと基本的には、下に行くほど高機能である、と思って下さい。

<iP2700>
4800×1200dpi/2pl・4色で1472ノズルを有する廉価版。確かに、ノズルが多いほど仕事率が高いので、どうしてもこいつの印刷速度は全然速くない。とはいえ、ノズルの少ない分は、プリンターヘッドの動きを工夫しているので、他の多ノズル機と大差ない印刷物が出来上がります。印刷時のうるささは、他機種よりも大きいのがデメリットですが、「サイレントモード」を採用している為、夜中の印刷でも騒音公害にはなりません。電力消費量も、ずば抜けて少ない「省エネルギー仕様」なので、エントリー機どころか、ミドルスペックなものとの印刷品質は大差ありません。

<MX523>
ノズルの数は多い(1792ノズル)ですが、2plな時点で、速度を上昇させる以外は、CMYに関してはiP2700と同じなので、見た目で変わったかどうかは判りづらいです。ただし、黒顔料インクノズルが2倍になったことで、文字印刷の鮮明さにはかなり有効。やや大きくて重たいのですが、「両面プリント」が出来るというのは、ユーザーにとっては作業軽減になるのでポイントは高いです。

<MG3230/MG4230>
ノズルの数はMX523と全く同じ仕様です。正直なトコロ、MX523に対してのアドバンテージは考える必要はほぼありません。要は、このあたりのスペックだったら、印画性能に関しては殆ど変わりません。選ぶ基準は…「それ以外の機能(スキャナなど)も欲しい」、もしくは「前トレーと後ろトレーのどちらを選ぶか?」になりますので、正直、お値段なりの価値が存在するか?に行き着きます。

<iP7230>
これについては、さすがにiP2700では追従できません。9600×2400dpi/5120ノズル/1plかつ5色印刷なので、「染料系黒」と「顔料系黒」の選択が可能になっています。実質の印画精度は、あくまでも理論上だけど…印画精度は、単純にiP2700の8倍と思って頂いて構いません。まぁ…写真用紙ばかりを使って、コピー用紙は滅多に使わないのであれば、非常にいい品質を保つことも可能ですが、普通紙でのプリントアウトであれば、ややオーバースペック気味です。

<MX923/MG5430>
この2つは、明確な差は殆どありません。唯一、これはポイント高いと思えることは、「両方とも用紙を2段カセットに収納できる」ことになるでしょうか。なお、MX923のほうが普通紙トレイ内の給紙枚数が多く確保できることが美味しい時もあります。
ドット数、ノズル数、インクの雫のサイズともiP7230と同じです。

<MG6330>
さすがに、家庭用プリンターの「フラッグシップモデル」だけあって、インクは6色・6656ノズルで挑んでます…が、CMY染料・顔料のブラックは、MG5430と同じスペックです。但し、GY(グレイ)に対して、1536ノズルを割り当てたので、ノズル数が増えています。また、給紙カセットについては、iP7230と同じ(125+40枚)なので、機能的には「かな~り贅沢」だと思います。

なお、A3ノビを達成して、なおかつインクが12色なるものも売っていますが、大きさや値段からしても、個人ユースに向いているのとはあまり思えないので省略です。

【更に追記あり】Bフレッツ(マンションタイプ・VDSL方式)の限界は意外にスゴイ。

とりあえすは「新しいあたし」達成記念カキコ。

要は、ブロードバンドルーターを新しい物に交換した、ということなのだけれど、実はただ交換しただけではそうそう理論値近くまで達成することは出来ません(ベストエフォートなデータ回線において)。何らかの、ネットワーク構築を含む電子計算機(要は、PCやサーバーなどのコンピューター)に関する認定試験を受けて、合格した人なら判ると思うけど、

・まずはスループットを上げるような設備を設置する
・使用形態に似合った伝送装置の選択・配置を行う

が大前提。いずれかが欠けても、如何なる手段に関わらずある程度の速度で頭打ちになり、本来の回線速度を達成出来ません。

現に、あたし達の今までの回線は、見事な程に頭打ちになっていました。原因を丁寧に洗い出していったらルーターの問題が主であることは判明していました。細かいところまで探れば、LANケーブルの質、スイッチングハブの仕事効率、スター型配置での帯域の奪い合い、アグリゲータに対して優位になるデータ転送の設定などなど…挙げればキリがないのですが、全てを解決させるにはいくらなんでも投資額が大きくなりすぎるし、新たな敷設工事を行うなんて面倒なことはしたくありません。と、いうことでルーターとアグリゲータ対優位接続以外は現状のままで何とか解決してみようということになりました(さすがに、個人宅内で使用している、端末とデータ回線終端装置の路線長が30mを超えている時点で、敷設工事はちょっとした日曜大工(DIY)程度では済まない)。

さて、肝心のルーターは、何事の問題もなく新しくてスループットの非常に速いものに交換出来ましたが、問題はネットワークの設定です。従来、個人向けのWindowsの場合は、XPまでは比較的カンタンに設定が出来ました(というか、そこまで難しくないし効果は絶大なので、ゼヒ挑戦してみて下さい)。

ところが、Windows VISTA以降(VISTA、7、8)は、そもそもからして一般的な高速ネットワークへの適応化が施されているので、余程細かい所までつつかないと、通信速度に対する改善の余地はありません。つまり、設置場所での一般的なFTTHの利用が可能であれば、最初から設定されている推奨値で特に問題はありません(やる気になれば、微妙に高速化が可能だけど、あまりに微妙なので労力の無駄です)。

また残念ながら、古めの複合施設や集合住宅では、FTTHの敷設が出来ないケースが多いのが実情で、FTTHではないにせよ、全室LANが完備されている(これならば、十分に通信速度が速いので何も困りません)まで考えたら、それこそ一部の物件と括られる程度になってしまいます。

そこで、通常であれば敷設されていて当たり前な、一般の電話回線にアグリゲーションで別の帯域を付加して、高速なデータ通信網を達成するのがVDSL方式(Very high bitrate Digital Subscriber Line)の考え方です。要は、一戸建てや自社ビルでもない限りは、一般電話回線の回線交換器が一元化されているのが殆どなので、根本からFTTHをVDSLに変換して、一般電話の回線を利用することが一番効率がいいとゆうことです。

但し、FTTHからVDSLに変換することと、一般電話のメタル回線の品質を考えたら、理論通信速度は60Mbps(なお、FTTHを共用で利用する=一般家庭のBフレッツの理論通信速度は100Mbps)程度になってしまいますが、余程の大容量(それこそ数10GB単位以上のもの)の通信を行わない限りは、そこまで大きなストレスにはならないでしょう。

ちなみに、古いブロードバンドルーターでは、スループットは30Mbps(公称値)程度しかなかったので、実際の下りデータ回線速度は20~22Mbps出せれば上等…という、もし電話局が近かったらADSLの方が速いんでない?なボトルネックを抱えていました。

さすがに、普段なら気長に考えがちなあたし達も「もう、我慢の限界だわ」とゆうことで、スループットが99Mbps以上(仮に100Mbpsを超えていても、100base-TXの限界は越えられない)なブロードバンドルーターに交換に至った訳ですが、実はここからが本当の勝負なのです。

前述の通り「Windows XP」を使っているのであれば、ちょいと文章を読んで、簡単なソフトウェアで見本の通りにMTUなどの数値を打ち込めば、案外ラクにデータ回線の高速化が可能なのですが、実際にあたし達が使っているのは「Windows7(64bit)」なので、殆どブラックボックスの中身を予測しながら、面倒くさいソフトウェア、且つコマンドプロンプトでしかいじれないような数値を設定といった作業になってしまいます。更にここに、アグリゲータ(通常は最適値自体が不明)に対して最も有利なデータを投げるように数値を調整していくという、日曜大工どころか週末を丸ごと使うような事になってしまいました。

なお、数値を打ち込むのが面倒くさい、もしくは数値が何を示しているのか判らない状態での、デフォルトなデータ通信速度(下り)は、30~35Mbps程度になるのでVDSLの理論通信速度の約半分が限度です。回線の混雑次第では更に通信速度が下がります。あと、アグリゲータの最適値は、機種そのもの、ファームウェアのバージョン、メタル回線の健全性などの要素で、丸っきり変わってしまう性質上「どの数値がいい」とは断定出来ません

また「ある端末が優位性を確保する=優位性を確保出来ない多くの端末は更に遅くなる」を意味するので、そう気軽に教えてくれる人もいないでしょうし、同じ料金なのに誰かが特に速かったら、それはどう考えても不公平です。

とはいえ、あたし達は実際にデータ回線を高速化させてしまったので、まぁせめてもの目標値ということで…ベンチマークの値を載せておきます。

-------------------
http://kakaku.com/bb/speed.asp
測定日時 :13/06/02 13:14:55
回線種類 :光ファイバー(マンション)
回線名称 :NTT フレッツ光/Bフレッツ
プロバイダ:So-net
下り速度 :56.9M(56,924,727bps)
上り速度 :13.5M(13,488,300bps)
線路距離長:0m
伝送損失 :0dB
-------------------

なお、他のブロードバンドスピードテストのwebコンテンツでもほぼ同値が達成出来たので、概ね設定的には、現時点で可能な限界通信速度はこのあたりで十分過ぎるでしょう。少なくとも理論通信速度の94.8%まで達してしまったら、あとはどう改善しても微々たる値の上昇にしかならない、ということです。

仮に、一般家庭一戸建て向けのBフレッツサービス(100Mbps)で、同じように調整が可能であるとしたら、単純に94.8Mbpsを達成したのと同じ事(=余程の事がない限りはありえない速度)だし、それよりも高速化しようと事業者向けな「ギガビットサービス」に切り替えても、共有利用者が増えたらスループットは当然下がります(ベストエフォートなら当たり前のこと。FTTHを専用線で所有するなら話は変わるけど、一体お値段はいくらになるのやら…)。

今回、これで判ったことと言えば「仮にマンションタイプでも、諦めるほど遅いものではない」ことと、「ギガビットで通信したとしても、共用利用者が多ければ全然速くない(光ケーブルの集約次第ではVDSLよりも遅くなる)」ことでしょうか。

ちなみに、既に高速データ通信の契約をしていて、レンタルしているブロードバンドルーターがあまりに古いタイプ(基準は「生産終了」あたりでよい)だったら、特に追加料金なしで交換が可能(それどころか、契約次第では安くなることもある)なので、通信が遅すぎて不満ならば交換するのがオススメです。

【追記】
マンションタイプ/VDSLでは理論通信速度は60Mbpsになるのですが、投げるパケットの1パケットあたりに許容された量を限界まで増せば、1パケットそのものをフレッツ網に流すことは、何も障害が起こらないどころか、潜在的要素で理論の逆転にもなり得るので、「実際に60Mbpsを超えることも可能じゃないカナ?」と、再度計算し直して、オンボードのLANユニットの挙動そのものを変えてみたところ、

-------------------
http://kakaku.com/bb/speed.asp
測定日時 :13/06/03 08:12:30
回線種類 :光ファイバー(マンション)
回線名称 :NTT フレッツ光/Bフレッツ
プロバイダ:So-net
下り速度 :60.1M(60,052,911bps)
上り速度 :14.5M(14,461,199bps)
-------------------

更に自宅内回線(ハブ・LANケーブル等)をちょっと入れ替えた結果、

-------------------
http://kakaku.com/bb/speed.asp
測定日時 :13/06/03 12:27:56
回線種類 :光ファイバー(マンション)
回線名称 :NTT フレッツ光/Bフレッツ
プロバイダ:So-net
下り速度 :62.4M(62,398,409bps)
上り速度 :12.3M(12,275,967bps)
線路距離長:0m
伝送損失 :0dB
-------------------

偶然に、とんでもない速度が出た可能性と、上り下りの対称性が崩れていることを加味して、再度ちょびっとパラメーターを変えてみたら、

-------------------
http://kakaku.com/bb/speed.asp
測定日時 :13/06/03 12:40:05
回線種類 :光ファイバー(マンション)
回線名称 :NTT フレッツ光/Bフレッツ
プロバイダ:So-net
下り速度 :62.3M(62,338,726bps)
上り速度 :14.6M(14,583,739bps)
線路距離長:0m
伝送損失 :0dB
-------------------

-------------------
http://kakaku.com/bb/speed.asp
測定日時 :13/06/03 15:34:35
回線種類 :光ファイバー(マンション)
回線名称 :NTT フレッツ光/Bフレッツ
プロバイダ:So-net
下り速度 :62.6M(62,601,554bps)
上り速度 :14.5M(14,465,928bps)
線路距離長:0m
伝送損失 :0dB
-------------------

本当に理論通信速度の壁を超えてしまいました。まだまだ、改善策は色々と存在するので、ひょっとしたら…なことも十分にありえるかと…。とはいえ、これ以上の優位性を確保してしまったら、並行するIPフォンにも障害が出かねないので、さすがにそろそろ打ち止めかなぁ??

なお、FTTHの場合は、親回線そのものは速くても、回線を共用するのが前提条件な為、100Mbpsを超えて割り当てが出来ないように「速度縛り」が存在するので、理論の逆転は発生しませんのであしからず。

P.S. 上り下りのバランスを崩しても問題がないとすれば、例えば

-------------------
http://kakaku.com/bb/speed.asp
測定日時 :2013/06/05 18:15:54
回線種類 :光ファイバー(マンション)
回線名称 :NTT フレッツ光/Bフレッツ
プロバイダ:So-net
下り速度 :62.8M(62,825,254bps)
上り速度 :11.2M(11,159,963bps)
-------------------

かなりの混雑時間帯で、こうゆう迷惑な設定も存在するのですが(実は、上り30Mbps、下り70Mbps越えをそれぞれ「偏りを全く無視した場合」は設定次第で達成はしている。が、当然そのままでは明確に回線が破綻しているので、数値は元に戻してルーターそのものも再起動させた)、よ~くBフレッツの規約を読んで利用している人なら御存知の通り、「とても口では言えないようなこと」になってしまうので、慎みは忘れずに、ねっ☆彡

【もう更に追記】
アグリゲーションに対して有効な値が判った話<NTT東日本様認定済>

http://sanana.jp/cgi-bin/diarypro/archives/553.html

狂乱のPCスペックアップ・その8

<<狂乱のスペックアップ・その8>>

実は、どんなにスペック向上を目指しても「どうにもならない場所」が1つ存在しました。それは…集合住宅が故の宿命「ネット回線の速度」でした。あたし達はワリと早くからBフレッツに移行していましたが、「早くから=ロースペック」であるということは、どうにも回避のできない問題でした。

ちなみに、使用していたルーターは「WebCaster V100」だったのですが(NTTから借りていた)、こいつがタダでさえ速度に不利な「Bフレッツ・マンションタイプ」に加えて、スループットが低すぎたという始末…。もしかしたら、無線LANの方が速いんでない??という事態にたまりかねて「ブロードバンドルーター、新しいのに交換して下さいな♪」とNTTにお電話。ワリとあっさりと快諾。しかもお値段は変わらずに(実は、微妙に安くなった(苦笑))、うちに嫁入りしてきたのが「WebCaster V130」。スループットは、ワリと新しい機種だから言うまでもなく速い。一戸建てで工事して光に変えた場合でこいつを愛でたら、まず文句をいう人はいなかろうという高性能!!

もっとも、別の所(一戸建て)で「WebCaster V110」を使っていたのですが、絶対に「有線じゃなきゃ勿体無い!!」な速度を叩き出していたので、更に新しくなって高速化したのですから、今回の交換は有難いおハナシでした。と、いうことでこの記事からは「新しく変わったあ・た・し」ですwww

ファイル 362-1.jpg ファイル 362-2.jpg
(1枚目:WebCaster V130/2枚目:WebCaster V100)
ちなみに前回からネットワーク以外で変わった場所は…う~ん…電卓が10キーに変身したことかな?(エレコム製の結構ロートルな部類のものだけど、ボタン1つで「電卓」と「10キー」が入れ替わって、扱い方によっては電卓で計算した結果がそのまんまPCに送れる、という地味に頑張ってるデバイス)

【電源】
・容量自体は何も問題ないけど…やっぱり「分岐数」の多い電源ってなかなか売ってないのね…。「ガシガシ改造して使ってくれい!」と言うなら、半田ごてとホットボンドで盛るけどさ…。

【マザーボード】
intel DP55BP
・再度、Bluetoothの停止。正直、まともなデバイスが存在しないのにリソース食わしてるのが間違っている、ということに気がついた。
・実は、使っていなかったUSB2.0がオンボードに1系統存在していたので(そもそも、普通だったらコネクターを変換しないと利用価値がない時点で存在意義がナゾだった…。でもまぁ、完全に独立した1系統なのは美味しいので、利用価値はあり)ちょいと取り回しを変えて使ってみた。もし、支障が無かったらHUBで分岐してみるつもり。
・ルーターのスループットが激しく上昇したので、何気にギガビットイーサーを使う意義が俄然押し出された。逆に、無線LANを使えても、便利な半面でスピード向上のボトルネックになるから、一部のモバイル用途としてしか使わなくなった。

【CPU】
・Core i7 860(Lynnfield)2.8GHz
円安の結果、上位のCPUに手が出しづらくなった…。ある程度まで処理能力が上がったら、結局はベンチマークの数値としては凄そうだけど、実効能力では頭打ち…。

【グラフィックボード】
・nVIDIA Geforce640GT
3Dは殆ど使わないから、これでも十分過ぎるのだけれど、分散処理・クロック数・CUDAの本数を見てたら670GTXが欲しくなってしまった(お値段は、640GT→670GTXで約1.8倍。コスト対能力で考えたらそう悪い選択肢ではない)。
と言うのも、今日発売の「4T」なテレビを良好な環境で、先行体感してきてしまった故に、フルハイビジョン×4な威力に惚れた。まさか、HDが物足りなく感じるような事態になってしまうとは思わなかった。…でも、うちにそんな巨大なものを置くスペースはないけどね(苦笑)

【SATA】6本+eSATA1本
・今回のスペックアップで4本が専有(IDE変換する時は5本)。eSATAはBIOSレベルで排除しました。

【メモリー】
12GB
・DDR3の値上がりが止まらないので、拡張計画どころかサブマシン構成を考えるにもアタマの痛い問題…。

【USB】
・USB2.0=14本→17本→18本→??。さぁ、HUBでどこまで本数が増やせるのだろうか?それ以前に、そんなに大量のUSB機器は持っていないので…多分、机上の空論。
・USB3.0=PCI-Express1に装着で2本。PCIe全体の電力を持ち上げたら、結果的には電力消費量が4%下がった。処理そのものは上がっている…ハズなんだけど、そんなに電力系統の違いで消費電力が変わるのか??

【USBマスストレージ】
・毎度の「百円均一拡張構想」で、底上げにレキサーの200倍が値下がりしたら買うか、と思っていたら…トランセンドのサポートの良さに感銘を受けて「やっぱ、アフターサポートって大事だよね!」という結論に行き着いたので、大きく方向転換しそうです。

【SSD】
・なんか、PC全体の傾向が「高速化」を目指すよりも「省電力」に偏り気味らしく、「遅いけど省エネなSSD」が目立ち始めてきた。残念ながらこれじゃあSSDの魅力がガタ落ち…。

【HDD】
・さて…5.0TB計画は結果的には大成功だったっぽいです。円安の影響で、Blu-rayブランクメディアの価格が上昇し続けているので、今までの「逃せばいいや」な作戦はあまり賢い選択ではなくなってきたようです(あたし基準の1枚単価の許容額を超えてしまいました…)。これで、あまり所得額が上昇しなかったら、7.0TB計画を早めたほうが、結果的には安くて壊れにくくて安全、なんじゃないかい?と気づいてしまった。

【光学ドライブ】
・BD/DVDの2台体制は、前述の理由で「当分は変わることはない」というのが結論。そもそも、光学メディアは保存に適していいないとされているし(実際にちゃんと管理すればその理由は明確)、ドライブの(理論上の)速度向上ばかりを目指しているメーカーが主流になっている時点で、そもそもの流通が破綻しているとしか思えない。もっとも、6倍MAXとされて販売されているメディアに、許容量を超えた速度で書き込んだ時点で、メディアの信頼性が著しく低下する事は身に染みて体感しているので、スピード重視な時点でドライブの価値を自ら下げているんじゃない?としか言いようがない。

【入力デバイス】
・「Unifyingデバイス5つの紐付け」はこの上なく快適なので、もう1台繋げられるし…折角だから、タッチパッドでも買ってみようかねぇ。あ、でも充電式というのは少々不便だから、もうちょいと考えてから買お…。そういえば、何で1つのレシーバーで6つのデバイスが共存できるのか考えてみた。大抵の入力デバイスは、USB1.1の規格(1.5Mbps)で収まるから、レシーバーがUSB2.0までの受容規格(12Mbps)とすれば、1.5×(6+1+1)=12Mbpsと、恐ろしいほど計算値に合致する(「1+1」は「レシーバー本体」+「USBハブ1つ」として考える)。実際は6つの入力デバイスが同時に動くケースは考えづらいので、余裕すらも感じる。恐るべし「Logicoolクオリティ」…。

【プリンター】
・CANON PIXUS iP2700が信じられないくらいの長生き。つい最近にも、ヘッドのインク詰まりトラブルの解消方法が判ったし、上位機種7台との性能比が「大した違いではない」のが数値で割り出せたので(これも、また後でレビューにします☆)、恐ろしくお買い得なプリンターだなぁと改めて実感。ただ、いつ販売中止になるかは不明なので(詳しい理由はレビューで、というか売る側も売上に響けば「放置」してはおけないでしょう)買うのならお早めに…カナ?

【スキャナ】
・これ(EPSON GT-8400UF)は敢えてPhotoshopCS6(64bit版)の為だけにWIAサポートは使いません。それどころか、普通の手段ではCS2でTWAINを用いないと、48bitカラーで入力出来ないから(通常は24bitカラーを越えられないから力不足。シェアウェアで強引にTWAINの認識を変えてしまうものもあるけど、あまり現実的でないし、性能のワリには値段が高すぎる)両刀使い。こうなってしまったのも、複合機のスキャナがあまりに貧弱すぎることが全ての原因なんだけどね。

【キャプチャー】
・7番組まで同時録画で終了としていたのが、「ある手段」を使えばVIERAから空中線で引っぱれるから、実質9番組になってしまいました実は、VIERAは純正同士でWi-Fi接続させても番組表取得に失敗するので、思ったほど快適には使えない。ならば…ということで、番組表を強引に取得させたらWi-Fiが途切れる。それを回避させるために、番組単独の放映/録画スケジュールを送ると録画がコマ落ちする。有線LANはそもそも録画したものは送信出来ないし、USB外付けから抜くには…って判る人ならどうゆうことになるか判るよね? 想定されていないことをやって失敗したのは自己責任だけど、推奨どころか「これがこの製品の売りです!」っていう理想的な組み合わせで、録画どころか視聴までコケるんじゃ話にならない
「明るくないナショナル」から脱却出来そうな位、思い切った経営方針の転換をしても、最高の商品が「マンガン電池」だね~、としか言い様がないパナソニックは、どうしても好きになれない、ってゆうかそもそも三洋電機が開発した「eneloop」を平気で「素晴らしい自社製品です」と言い放つ、五島慶太を上回る程の強盗的手段を使うどころか、本来の「eneloop」ブランドを帳消しにして、挙句の果てに無理やり従来の電池を自主回収。家電量販店の電池の陳列棚はフェイス単位で、総て「他社商品を完全排除させる3つの法則」を使って「Panasonic」のロゴで埋め尽くす気持ちの悪さ…。

こんなんだから、国外市場では「SONY」に勝てないんだよ。

【モニター】
・特に変更なし。

【スピーカー】
・ここまで「Logicool」で固めまくったら、他のメーカーのものは、余程の良品でなければ要りません。てゆうか、一度でもちゃんとエイジングされた「Z623」を聴いたら、PC用のスピーカーって言って売ってるスピーカーがどれだけ貧祖でストレスになるか判るよ。もし、同程度以上の音を追求したらお値段を見た瞬間で、相当覚悟しなきゃ買えない金額。イコライザーを敢えて一切動かさないのが一番良い音って、その感覚を味わったことがない人が多いのが非常に残念な位。精度的にも、A音をオクターブ6つ連ねても、音叉で1Hz上下ずらしたのが一発で判るのは、十分な「売り」だと思うよ(なお、ピアノで言えばD鍵36.708Hz~C鍵4186.0Hz(上はピアノの限界。実際にはここから1オクターブ上げても十分判る))※。

【WEBオーサリング】
・「まとめwiki」を如何に正常に運用出来るか、Apacheと格闘中。いや…、本当はそれ以前に、どうにかしなきゃな更新が山積してるんだけど、現実逃避しちゃ…ダメだよね?

<<今後の計画>>

・さしあたって…マシンをどうにかする前に、突発した手の障害をどうにかしないと、細かい作業が出来ないので(その為に、マウスからトラックボールに移行した位だし…)それどころではなかったり~(苦笑)

※参考文献:最新音響の基本と応用/岩宮眞一郎 著
 ISBN978-4-7980-2921-4 C0050/秀和システム

「医療職」は必ず「福祉職」よりも上位なのか?(1)

これは、特に福祉職の方の為の文章です。だからといって、医療職や公務員に反感を抱かせるつもりは更々ありませんので、その点は誤解されないようよろしくお願いします。

2013年現在では、福祉を展開する上で「絶対的な判断=診断」を下せるのは医師のみです。どんなに他職種の人間が疑問を持った所で、医師が認めない限りは何も変わりません。それは紛れも無い事実です。そして、医療行為を実際に施せるのは、医師以外では、看護師と薬剤師のみです。これが現実です。

ならば、福祉職は言われた通りの事を施すしか出来ないのか?と言ったら、必ずしもそうではありませんが、非常に高等な知識と技能を要求されます。もしかしたら、医療職の影響力が強すぎるとすれば、福祉職の確実に出来ることは「人権擁護」程度でしょう。これも紛れも無い事実です。

こう言ってしまえば、福祉職は存在する必要がありません。替わりに、公認会計士、保険事務員、家政婦が、医療職から指示された通りに業務を行えば成り立ってしまうことになります。全ての福祉職の人間は「専門性」が必要であると学ぶことだろうと思いますが、一体何が専門なのでしょうか?

答えは意外とカンタンです。福祉職は「福祉」しか行わないのであれば、何も専門性はありません。実際に、福祉職は国家資格でありながら「名称独占」でしかありません。逆に言えば、名称を語らなければ、同じ業務を行うこと自体に明確な違法性はありません。つまり、国家資格という肩書き以外は、誰が福祉を行なってもよいのです。実際に、福祉職が確たる形で成立する以前は、家庭内での福祉の展開が当たり前でした。担い役は、大抵の場合が「長男の嫁」の仕事であったことは、ある程度人生を重ねている人であれば判ることですし、仮に知らなかったとしても、世間体では暗黙の了解として通っていたので、否応なく行なっていました。

もし、福祉職が福祉しか行わないのであれば、長男の嫁の仕事を肩代わりしたに過ぎません。福祉職には倫理要綱が定められていますが、家庭内での福祉の展開は、特に義務付けられなくても「世間体」の存在で黙することが当然となっていたので、倫理要綱などは必要ありませんでした。

つまり、医療職は明確に人命に繋がっているが故に「業務独占」が成立しますが、福祉職が「名称独占」とされている限りは「賃金に対する責任」以外は存在しないと解釈されていると判断されても仕方がありません。

もし、必要な福祉が受けられないことに因って、人命に危機が晒されたとしても、責任の拠り所は「行政」です。つまり、福祉職は「地方公務員」よりも軽んじられていると判断しても構いません。その証拠に、公務員に課せられた責任は非常に重たいものであり、その見返りに民衆からもたらされた税金を収入とすることが出来るのです。これをヒエラルキーに当てはめると、

行政>医療職>福祉職

という構図になります。随分と、福祉職は軽んじられているものなのだな…と、これでお判りになるかと思います。一体、何の為の国家資格なのでしょうか?

もし、これで納得してしまうのであれば、福祉職の意味が判らないで「福祉」の名を語っている、とあたしは判断します。もし、現時点で「福祉の存在理由」を明確に語れないのであれば、次回にも引き続き掲載しますので、それまでじっくりと考えてみて下さい。

これは、あたしからの福祉に対する「挑戦状」です。

次回>http://sanana.jp/cgi-bin/diarypro/archives/366.html

「共感覚」は表裏一体

まず「共感覚」とは何ぞや?から。

一般で定義されているものは、例えば

「ある決まったものを見ると、何故かその香りや味が存在しないのに感じてしまう現象」

誰もが持っている感覚ではなく、割と繊細な精神を持った人に発生しやすい、比較的珍しい現象。あたしの場合は、カレーやラーメンあたりが判りやすいかな…?この物体を見ただけで、何故かその味が口の中に広がったり、その美味しそうな香りを感じてしまいます。ある意味での「再現記憶」とも解釈されます。

実は共感覚にはも1つの定義が存在して、

「他人が心で感じたこと、体で感じたものを自分の中で全く同じ条件を再現してしまう現象」

本来、特に異常がなかった筈の人が、相手の不調や病気と全く同じ症状を呈してしまう、これもまた珍しい現象。これが原因の身体的・心理的異常は、特に病態が所見では判断できない(というか、そもそも気質が存在しない。心理学ではしばしば「投影」とされる)から、しばしば「原因不明」とされる。あたしの場合は、特異的な状態が如実に発現してしまう為、かなりの心身的負担になり、異常がなかっただろうと推定されても、思考・動作的に奇異なことになって重症化することもしばしば。

さて、いずれの共感覚にも良い点と悪い点が存在します。

先ずは良い共感覚の例だと、見た目からに美味しそうなものは、想像された味覚と、実際の味覚が合わさることで相乗効果が発生するので、見た目も味も美味しい物はこの上なく美味しく感じることです。1口で2倍得をしていると考えると判りやすいでしょう。また、香りでも同様の効果があるので、3倍も得をしていると感じられることもあります。当然、この場合はこの上なく幸せです。

もう1つ、良い共感覚の例を挙げるとしたら、相手が楽しそう、気持ちよさそう、と感じると、自分も同様に嬉しくなるような現象も発生します。まさに「幸せを分かち合う」という言葉に合致します。もちろん、人数が多ければ多いほど相乗的に、自分の幸せ度は上昇します。

しかし、良い点のみを挙げれば有為に思える共感覚も、悪い点を挙げれば、まさに「絶望的観察」となってしまいます。

ある特定の嫌な視覚が目に受容されてしまうと、ほぼ全ての五感に対してマイナスの方向に感じられてしまいます。例えば、特定の画像を見る→存在しないはずの特定の音が耳に感じる→ありえない嗅覚が働き気分を憎悪させる→明らかな味覚異常をきたす、という連携現象すらも生み出すのです。単純な場合でも、既にその嫌な臭気の場所から離れた→食品を目の前にする→存在しない筈の臭気が引き起こされる→食欲の著しい減退の発生。これが頻発するのであれば、身体に異常をきたすことは明確です。

また、他者の不調・疾患を目にして、その相手と関わった場合などは、自分自身に原発するものがなくても、同じ状態が自身の身体で発生してしまうのです。それが麻痺であれば、相手と同じように麻痺を生じてしまい、それが胃腸炎であれば、同じような痛みとなり、下痢や嘔吐を発生させたりもしばしば。当然、原発性ではないので、明確な診断基準となる以上は所見からは見いだせませんから、治療のしようもないのは言うまでもなく、仮に処方したところで、対症療法のみです(しかも、それ自体が有効にならないケースもしばしば存在する)。

人間は、よく「相手の気持ちを知りたい」と思う生物ですが、知ることによって益にも害にも転びます。これで、共感覚を持ち合わせている人間にとっては、気持ちはもちろんのこと、身体状況まで判ってしまったら、とんでもないことになってしまいます。

もちろん、危機回避をすれば、ある程度防ぐことは可能ですが、他人と関わらないで生活出来るなどということは、余程引きこもりにでもならなければ出来ないでしょう。つまり「危機回避=現実逃避」もしくは「危機管理=外界からの隔絶」程度しかありません。それは即ち「コミュニケーションのない人間」とも説明が出来ます。それが、社会に対して適応できないというのならば、文字通り「適応障害」とも言えます。

「人間との付き合いは上辺だけ」というのは、もしかしたら理に適っているのかもしれません。しかし、そこには相互の信頼は生まれません。それでもいいのであれば、荷重になってしまう信頼は、当然必要ありません。要は、それを「淋しいと感じる」か「淋しいと感じない」か、その人次第です。もちろん、あたしは他者への依存は否定しません。依存があるからこそ、新たな発見ともなります。

共感覚の良い側面、悪い側面を十分に考えたら、自己自身を支えられるのであれば、共感覚の生じる環境に適応する事は全然問題ないでしょう。しかし、適応できないのであれば、その人にとってはとても大きな危機です。

寄るか、避けるかは、あくまで個人の自由です。自愛をすることは、満足感が必要なのはもちろんのこと。但し、常に落ち込むような危機に見舞うのであったら、避けることも大切な要素です。

人間は「痛い」ほど苦しい事はない

概略すればこんな感じ。

「死にそうな程痛ければ、死ねば痛みから解放される」

ジツはこんなカンタンな問題で片付きます。但し、使える選択はたったの1回。「死ぬ=リセット」ではありません。「生きるか死ぬか」のどちらかしかありません。生き続けるのならばそれもよし。楽になりたくて死ぬのなら、たったの1回しか使えないけれど、それも選択のうちの1つ。判断を間違えても、後悔すら出来ないし、果たして本当に楽になれたかどうかも相手に伝えることは出来ない。

「死人に口なし」

とは、よく言ったものです。確かに、死んでしまえばどうなったかを伝える術もないのですから、概念すらも存在しません。転生して、前世がどうであったか伝えることの出来る人もいるようですが、果たしてそれは本当のことなのかは、完全には証明出来ません。仮に、前世で生きていた人しか知らない情報を、来世で語ったとしても、前世の人間は来世の人間に「それは正解だ」と言えないのですから、当たり前のことです。

伝聞や、運が良ければミイラやら遺骨やらで、後の時代に調べてみたら、来世の人間の語ったことと不思議なくらいに合致した、ということが無い訳ではありません。しかし、伝聞はあくまでも推定にしか過ぎませんし、遺体や物が存在したとしても「偶然の一致」になるよりは、遥かに合致する可能性が高いものばかりなのが現実です。極めて稀な例で「合致」したというならば、それは「鍵と鍵穴」の関係としてもよいので、全く否定はしません。しかし、前世と来世のどちらがより幸せなのかは測るすべがありません。どんなに複雑かつ稀少な例で同一性を確定出来ても、どうやって比べれば良いのでしょう?

ただ、輪廻転生を否定か肯定かのいずれかに位置したとしても、死にたくない人は生き続けたいのは当然の事ですし、痛みから抜け出したいから全てを無かったことにしたいというのも異常な行動ではありません。痛みとはそれ程までにQOL(クオリティ・オブ・ライフ=生活の質)に影響するものです。もっと強調して言えば、人生観そのものをも変えるほど、痛みとは苦しいものです。

本当に必要とされるのは、「痛みに耐える延命治療」ではないという事は確かです。でも、生きることを否定はしません。本当に必要なのは「治すことよりも痛みから抜け出す」ことではないのでしょうか?

どうも、日本国民は「痛みに耐えて治療を続ける」民族らしいです。もしQOLを大事にしたいのであれば、痛んで苦しむよりは、痛くない終末期(ターミナル期)をもっと大事に使えないのでしょうか?「死ぬのは1回しか選べない」と前述しましたが、これを逆に考えれば「生きることも1回きり」なのです。ならば、せめて最期くらいは痛みから抜け出せないものでしょうか?痛いのは、苦しむ本人だけではありません。痛んで苦しんでいる人を見ることも、人間にとっては大きな苦痛です。もし、あなたが大切だと思っている人が、本当に痛くて苦しんでいる表情をしていたら、あなただったらどうしますか?

少なくとも、あたしだったら…大切な人が痛みで苦しんでいる表情をしていたら、どうすれば楽になれるのだろう?と考えますし、もし、大切な人の最期が安楽であるのなら…痛くて苦しいだろうけどもっと生きる希望を!…とはどう間違っても言えません。

但し、みなさんは「安楽死」の意味を間違わないで下さい。ただ「これであなたも楽になれるんだね」と思うのだけなら、極めて主観的な事であって、看取る人の自己満足でしかありません。先ずは「本人の意思をいつどうやって聴いておくか」をしっかりと考えて下さい。それが、本当に「大切な人と寄り添うこと」ではないでしょうか?

一応言っておきますが、ターミナル期の選択に「ペイン・クリニック」という考え方があるのを判っている上でのあたしの発言です。安易に「この方向」に向かってしまうのは如何なものか?を考える契機にして貰いたいが故に、最後にこの発言を持って来ました。メリット・デメリット、どちらも非常に大きな物です。安易に出せる答えではありません。

なお、世界で最も多く使われている薬は、人数・量・割合の総てにおいて「鎮痛剤」です。鎮痛剤は、治療薬ではありません。あくまでも対症療法です。それが何を意味するのかは、あなたの価値観次第です。

「かゆみ」を説明するために、ブログのカテゴリー分類程度で困った、というおハナシ

あたしは福祉系なので、医療的なコトについては「断言」は出来ませんが、「知識」としては知らなくては困る、といった面倒な位置づけだったりします。

「だったら、医療職を目指せばいいじゃん」

いやまぁ、そのとおりなのですが…数学が出来ない限りは、受験すら出来ないというのも確かで。有意義な数値を弾きだすのは、さほど苦ではないのだけど、ただ「紙とペン」だけで羅列された、結果が出た所で何の役にも立たない数値を見ているだけで、嫌になってくるし…現に回答出来ない、重度な数学アレルギー(笑)

あ、でも「ゆとり世代」を超えたぐらいの数学(微分・積分・量子化)位はこれでも単位は取得できたのよ!?その証拠に、2,3,7,8,12,13,16,32,64進法の相互変換を行う表記指数換算や、pH(ペーハー)やMW(モーメントマグニチュード)などの乗数単位換算は「有意義」だから割と普通に出来る。
でも紙いっぱいに微分の繰り返しをひたすら行なって定点確定をするとか、どうでもいい2,3次方程式に挟まれた部分の面積や体積を求める積分のような「あまりにも無意味」な数学は全く出来ないといった困った数学妄。

それはさておき、前置きが長かったケド…福祉系の人間でも、よ~く見渡してみると「どこに特化しているか?」という部分で振るい分けたら様々なヒトがいます。その証拠としては…こう表現すると何だけど、「総じて福祉職は医療職になれなかった落ちこぼれ」としちゃってもいいです。あ、もちろん全てがダメダメな訳ではなく、前述の通り「特化」した部分以外が苦手、もしくは出来ない…と言った感じに考えてもいいでしょう。

そんなあたしの特化分野は「身体・精神とそれに関わる疾患と障害」ですが、わざわざカテゴリーを「痛覚・かゆみ」にしたのは理由があります。医師ではないので「診断」は出来ませんが、痛みとかゆみの関連性(ここは得意☆)は大有りです、というか、痛みとかゆみを感じる神経系は全く同一なもので、感じるための伝達物質・伝達方法も同一です。違うのは単に「大きさ」です。

虫に刺されて「かゆい~!!」なこと、結構よくありますよね。花粉症のヒトの目とかが「かゆい~!!」も日常茶飯事です。でも、かゆいのは何故?って考えれば、答えは意外にカンタン。どっちも炎症が生じているのです。もし、この度が超えれば、かゆい…どころか痛みになります。同じ神経系が働いているのだから、当たり前のこと。虫刺されの原因は毒物ですし、花粉症の原因は過剰な免疫反応で炎症が起きている、ということで痛みの原因とも全く同じです。

人間は、「痛い!」って思うと大騒ぎしますが、「かゆい」ってことで大騒ぎになるのは、目に見えておかしくなってから、ですよね。でも、かゆみが発生したら、必ず何らかの炎症が生じているので(痛いって思わない「程度」だけの差でしかない)、絶対に「その程度で…」と思わないで、早めに受診して下さい

かゆい場合の受診科は、まぁ「皮膚科」や「耳鼻咽喉科」や「眼科」と絞ると早いですが、基本的には「どの科でもよい」です。要は、医師は必然的に「内科」を基本に、それ以外の科に展開していますので、かかりつけ医に内科を1つ決めておけば、適切な治療方向を決められます。極端なハナシ、発疹があって手や足の先がかゆいという時に精神科に行っても問題はありません。開業医で別の病院を奨められたら(大抵は、医師同士の連携があるので、名指しで紹介してくれます)、そこに行くのが合理的ですし、原因究明が難しいって判断されたら総合病院を紹介されます

なお、いきなり総合病院に行くのはオススメしません。先ずはかかりつけの開業医(いわゆる町医者)で「紹介状」を出してもらって下さい。この紹介状は非常に重要なので、ちゃんと「心身のどこかどのくらい、いつからおかしくて、気がついた、もしくは思いつくものや、過去こんな病気に罹っている(もしくは治療中)」であることを、とにかく分かる範囲で(情報が多ければ多いほど、診断内容の適格性が上昇します)かかりつけ医に伝えるのがベストです。可能であれば、メモ帳でも構いませんので、思い当たることをだ~って書いておいてから開業医に行くのも非常に有効です。

もし、かかりつけ医を通さないと、総合病院で「どこの科にいけばいいんだろう?」どころか、進行中の疾患だったら、待ち時間どころか色々な科を渡り歩く結果、「もうちょっと早く来てくれればよかったのですけどね」と医師に言われるのがオチです。もし、医療制度をある程度判る方だったら、紹介状の有無で「総合病院の診療費」が大幅に変わってしまうことも判るでしょう(病院によっては、アルバイトの時間を増やさないと、医療費負担で飯が食べられないなんてこともあります)。

さて、かゆみに戻りますが(漢字では「痒み」って書きますが…、こんな漢字を連呼されたら、読んでてストレスになるでしょう)、足先のムズムズ程度でも、身体の真反対の脳疾患につながることも意外に多いですし、心疾患が見つかることも稀ではありません。原因は面倒なので書きませんが(後書きで、キーワードだけ置いておきますので、そこから調べてみて下さい)、この程度だから大丈夫だろう、と放置するのが一番怖いので、迷わず受診して下さい。もしサラリーマンでしたら、5日目から「傷病手当」が有効になりますので(会社に行かなくても、給与の6割が還付されます)、仕事よりも「命」「日常生活」を優先して下さい【根拠法→日本国憲法そのもの】。

もっとハッキリと言ってしまえば、「今日、私が会社に行かないと仕事が進展しない」などという人は、言うまでもなく本人責任です。丸抱えして、部下や上司との情報伝達の欠如、もしくは会社の本来の責務を個人が丸抱えしている、という仕事のスタンスそのものが間違っています。先ずは、何のための「会社」かを考えて下さい。自分一人で丸抱えして職務を遂行するのであれば、それは会社ではなく「自営業」なのと何も変わりがありません。自営業であれば、通院時は自己責任でシャッターを閉めればそれでいいのです。サラリーマンであれば、代理なる人間配置は可能なハズです。それが出来ないのであれば、個人のコミュニケーション能力の欠如、もしくは会社の方針がそもそもからして間違っていると断定出来ます。

とにかく、かゆみ1つとっても、そのかゆみが痛みに変わることもあれば、かゆみが広がるなんてこともしばしば発生します。「病態が悪化してから診療を受ける」なんてことを言う人は、もっと将来を見据えて下さい。早期治療が出来れば、病欠はいくらでも減らせます。しかし、悪化してからでは、どれだけ病欠を重ねることになるかは容易に想像が出来るでしょう。

かゆみも痛みも、どちらも炎症という立派な病態です。絶対に、この2つを甘く見ないで下さい。とにかく、早期解決=早期治療であることは、どんなに医療が進んでも不変なものです。

<キーワード>
免疫・サイトカイン・インターロイキン・ヒスタミン・炎症・湿疹・掻痒感・アレルギー・高額医療費・傷病手当・生活日常動作(ADL)・脳梗塞・心筋梗塞・動脈硬化・脂質異常症・疥癬・チアノーゼ・敗血症・感染症法・特定疾患・自己免疫疾患・生理活性・衛生害虫

JE^[